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2009年03月10日

貝谷 の独り民間私書箱言をつづった日記麦の食品

麦の食品について。
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脱穀した種子がビールやウィスキー、焼酎などの酒類や醤油・味噌などの発酵食品の原料として使われるが、コムギと違い、グルテンをほとんど含まないので粘り気が必要な麺の原料とするには、小麦などとのブレンドやグルテンの添加が必要。そのままパンにした場合はどっしりとした重い感じのパンとなり、小麦のパンとは大分印象が違うかもしれない。

主食としては、メソポタミアでは小麦より塩害に強いため、南部のバビロニアで多く栽培された。ヨーロッパでは粗く挽いた大麦を煮た粥状のものが食べられていた。古代ローマでは粗挽きの大麦の粥はプルスと呼ばれ、主食として重要なものであった。その後パンが普及したり、寒冷な地でも生産性が高く、茹でただけでも比較的美味なジャガイモがアメリカ大陸からもたらされたりしたため、現在では主として飼料用、醸造用の穀物とされるようになった。

日本はチベット文化圏と並んで現代でも大麦を主食穀物として多く利用する地域である。しかし明治時代までは今日普及しているように、炊飯しやすい押し麦にして白米と混炊することは行われていなかった。米や雑穀と比べて煮えにくいため、挽き割り粥にするか、炊飯に先立ち、あらかじめ煮て冷まして一晩置くえまし麦としてから、単独、あるいは米や雑穀と混炊して調理した。明治時代までは、えまし麦の茹で汁は、砂糖を混ぜて母乳の代用品として使われることもあった。近年まで麦飯として米と混炊して特に農村部では重要な主食とされた。しかし農村部では白米の飯が祭礼に際しての特別なご馳走であったこと、都市部で白米の飯が普及したことなどから、麦飯は白米の飯に対して農村的な格の低い洗練されない食品とされた。そのため臭くて不味いとみなし、蔑んで貧民や囚人の食事と看做す者も少なくなかった(俗に言う「刑務所の臭い飯」の謂れである)。その一方で、白米の飯への憧れによって脚気は近代の日本で国民病と呼ばれるまでに蔓延した。海軍ではこれへの対策としていち早く麦飯を導入して克服したが、白米にこだわった陸軍では日露戦争で著しい戦病死者を出すに至った。現在では精白技術の向上による食味の向上や、押し麦の普及による炊飯の容易化により、健康食として広く受け入れられるようになった。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』

2008年02月21日

食物繊維取れてます?

ウ○コするために!

食物繊維(しょくもつせんい、dietary fiber)とは、人の消化酵素によって消化されない、食物に含まれている難消化性成分の総称である。その多くは植物性、藻類性、菌類性食物の細胞壁を構成する成分で、化学的には多糖類であることが多い。

従来は、消化されず役に立たないものとされてきた。後に有用性がわかってきたため、日本人の食事摂取基準では栄養素の1つとされている[1]。

ヒトの消化管は自力ではデンプンやグリコーゲン以外の多くの多糖類を消化できないが、大腸内の腸内細菌が嫌気発酵することによって、一部が酪酸やプロピオン酸のような短鎖脂肪酸に変換されてエネルギー源として吸収される。大腸の機能は食物繊維の存在を前提としたものであり、これの不足は大腸の機能不全につながることになる。

1918年、医師であるジョン・ハーヴェイ・ケロッグは『自家中毒』[2]という著書を出版し、腸内で細菌が未消化タンパク質から作る毒が健康を害するという自家中毒説をもとに、未消化の肉には細菌が繁殖しやすいが、食物繊維は腸を刺激して活発にさせるので毒が作られにくいという理由で菜食をすすめた[3]。

しかし、一方で栄養学では「食べ物のカス」ともされ、長年役に立たないものと認識されていた。たとえば、栄養学の創設者である佐伯矩は、玄米は栄養が多いが未消化物が多いので消化吸収の効率が悪いなどとして、ある程度精白した米である七分搗き米をすすめていた[4]。

1960年代の南アフリカのジョージ・オットル(george Oettle)が、食物繊維と大腸がんの関連の研究していた。1967年に、インドのマルホトラは食物繊維の摂取が多い場合、がんのリスクが減るとしていう報告をしている[5]。

1970年前後、バーキット[6]はオットルの研究を発展させランセットなどで研究報告[7] [8]を行い、食物繊維が少ないと腸内の疾患のリスクが上がるだろうという説が広く知られるようになっていった。1975年にバーキットはトロウェル (Hugh Trowell)と共著で『精製炭水化物と病気-食物繊維の影響』[9]を出版し、精白していない穀物である全粒穀物の食物繊維が有益であると述べ、このことは科学的研究によって確認されていった[10]。

日本では2000年の「第6次改定日本人の栄養所要量[11]」から栄養素の1つとして摂取量に言及されるようになった。
(以上、ウィキペディアより引用)

昔からあるものなんですね!

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2008年01月18日

これって治安を維持する為?それとも自分を守る為?

刀狩の話です!

刀狩(かたながり、刀狩り)とは、百姓身分の者の帯刀権を剥奪する兵農分離政策で、特に安土桃山時代の1588年8月29日(天正16年7月8日)に豊臣秀吉が刀狩令(同時に海上賊船禁止令)を出して大規模に推進した政策を指す(ただし、刀狩を最初に行なったのは柴田勝家である。また、これに先立った1585年(天正13年)6月に秀吉が高野山の僧侶に対して武装放棄を確約させており、これを刀狩の最初とする見方もある)。一般的には百姓身分の者の武器所有を禁止し、それらを没収して農村の武装解除を図った政策として知られている。

豊臣秀吉が発した刀狩令は次の3か条からなる。

百姓が刀や脇差、弓、槍、鉄砲などの武器を持つことを固く禁じる。よけいな武器をもって年貢を怠ったり、一揆をおこしたりして役人の言うことを聞かない者は罰する。
取り上げた武器は、今つくっている方広寺の大仏の釘や、鎹にする。そうすれば、百姓はあの世まで救われる。
百姓は農具だけを持って耕作に励めば、子孫代々まで無事に暮せる。百姓を愛するから武器を取り上げるのだ。ありがたく思って耕作に励め。
刀狩の展開では没収された武器類を方広寺大仏殿の材料とすることが喧伝された。中世社会では、信仰の形として刀を仏にささげる行為が一般化しており、鎌倉時代には執権北条泰時が鎌倉市中の僧侶の帯刀を禁じた際に、没収した刀を鎌倉大仏に寄進すると述べている。

また、多聞院英峻(興福寺僧侶)による『多聞院日記』などでは、政策の主目的が一揆(盟約による政治共同体)の防止であったと記されている。つまり、百姓身分の者が一揆を結成して政権に異議申し立てをする物理的実力たる惣村を武装解除し、一揆の結成そのものを抑止しようとしたというのである。当時の百姓身分の自治組織である惣村は、自検断権に基づき自ら司法権とその保証となる軍事警察力たる武力を持ち、膨大な武器を所有していた、また、相互に一揆の盟約を結んで団結して、領主の支配に対して大きな抵抗力を持つ存在ともなっていたのである。秀吉は1585年には先行して根来衆や雑賀衆から武器没収を行っており、また織田氏家臣の柴田勝家も越前国の一向一揆の鎮圧のために刀狩政策を行っている。

ただ、実際には、刀や脇差の上納と没収が名目上で展開されたのみで、祭祀に用いる武具や害獣駆除のための鉄砲などは所持を許可されるなど、刀狩の展開後も農村には大量の武器が存在したままだった。すなわち、秀吉の刀狩令によって惣村の完全なる武装解除が達成されたわけではない。また、刀狩の展開の多くは村請すなわち惣村の自検断権に基づいて実行されたケースが多い。

中世を通じて武器の所有は広く一般民衆にまで浸透しており、成人男性の帯刀は一般的であった。また、近隣間の些細なトラブルでさえ暴力によって解決される傾向にあった、そのため、秀吉は刀狩と並行して武器の使用による紛争の解決を全国的に禁止(喧嘩停止令)し、この施策は江戸幕府にも継承された。

以上のことから、秀吉の刀狩令は百姓身分の武装解除を目指したものではなく、百姓身分から帯刀権を奪い、武器使用を規制するという兵農分離を目的としたものであったとする学説が現在では有力である。
(以上、ウィキペディアより引用)

まぁ、あの時代でこれがまかり通るんですから、すごい人だったんですよね。。

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2007年11月26日

第六感を信じます

第六感を持ってますか?

第六感(だいろっかん)は、ヒトが持つ知覚能力の内、通常一般にヒトが持つとされる感覚(古来これを五感と呼び習わして来た)以外の、一般常識としては存在しないと信じられているもの。あるいは、科学的にはその存在が明らかにされていないもの。つまり、超常現象、あるいは、いわゆる超能力の一種として一般に認識されるような感覚能力に基づく知覚能力を指す言葉である。

一般には、虫の知らせなどとも呼ばれる。

超心理学などの研究対象となってはいるものの、通常の感覚がそれぞれの感覚器(受容体)が解剖学的に確認できるのに対し、「第六感」に対してはその様な器官は発見されていない。つまり、現在のところ科学的には何の根拠も与えられていない。

大地震などの天変地異の際には、必ずと言って良いほど事後に「第六感」による予知現象が見られた(あるいは動物などの奇異な行動、異常な形の雲が現れた等)という報告があり、マスコミ等で取り上げられる事も多い。しかしその多くは確率論的・心理学的な反駁が可能である。また、事後報告に基づく以上は科学的検証は不可能である。(この事は「第六感」の存在を直接否定するものでは無い点に注意)

集合的無意識によるシンクロニシティによる説明も試みられているが、現在のところ科学的検証には成功していない。量子論に基づく説明も試みられている。

逆説としては、無意識の働きにより過去の学習と僅かな周囲の状況の変化などから「異常事態ではないか」と判断を下しているのではないかという、「第六感」の存在を否定する説も存在する。【ウィキペディアWikipediaより引用】

実際はどうなんでしょうね。

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2007年10月31日

理性とは…

推論能力。。私にはまだまだ足りないな。
もっと勉強しなくちゃ。

理性(りせい、希:λόγος→羅:ratio→仏:raison→英:reason)は、人間存在に本来的に備わるとされる知的能力の一つである。平たく言えば推論(reasoning)能力である。

知性と理性の区別はギリシア哲学におけるヌース(知・叡智)とディアノイア(dia 経由して + noia 知: 間接知・推論知)の区別に基本的には由来する。また、古典ギリシア語では論理と理性を表す語はともにロゴスであったが、このロゴスという語は古典ギリシア語で元来は、比や割合という意味を有していた。そこから、ラテン語でも同じ意味を持つ日常語であったratioがロゴスの訳語とされ、ロマンス語や英語で理性を意味する語もその流れを引き継いだ。セネカによればこれはキケロによる訳語であるという。

こうした語の由来は、西欧の伝統において、理性や論理を類比的な方法・秩序として考える傾向をもたらした。こうした、理性的推論を比例モデルで理解する時一番典型的なのが、三角測量や、特定の時刻での影の長さと棒との比例関係から、直接計れないピラミッドの高さを、その影の長さを基にして推論するような場合である。

現代の英米圏の哲学(分析哲学)にしばしば見られるように、理性は日常的に悟性(狭義の知性)と混同した用法で(広義の知性として)使われるが、スコラ哲学以来の西洋哲学の伝統では「推論・論証的能力としての理性」と「対象を把握する(understanding)能力としての悟性」とを区別するのが普通である(明晰性、妥当性は前者に、直観は後者に属する)。

理性(というより知性的能力全般)はまた、感覚(senses)、感情・情動(feelings、emotions)、情念(passions)等と相互に対立的に用いられる。純粋に精神的能力である理性がこれら肉体的作用と区別されるだけでなく、これらの作用によってその能力を害されることがしばしばあるためである。例えば、異様に騒がしい場所にいる時やひどく悲しんでいる時には難しい問題を正しく推論するのは難しいであろう。但しこのような理性/感情式の枠組みを二分法的思想と攻撃するものもいる。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』